賃貸AIテックDAYで見えた、現場のAI活用最前線

5月27日、全国賃貸住宅新聞社が主催する「賃貸AIテックDAY」が開催されました。
賃貸業界におけるAI活用をテーマにした本イベントには、多くの管理会社や不動産会社が参加。賃貸管理セッション「顧客満足アップ・利益向上につなげる管理会社のAI戦術」には、帝国不動産 AIX推進室長の田村有慶が登壇し、業界各社とともに現場でのAI活用事例について意見を交わしました。
本記事では、当社の取り組みとあわせて、当日紹介された各社の実践事例の一部をご紹介します。
登壇者紹介——営業・事業開発出身者がAI推進を牽引
モデレーターを務めたのは、全国賃貸住宅新聞社の河内鈴氏。
冒頭で河内氏は、「賃貸管理の現場でAIをどのように戦略的に活用して、実際に収益の向上であるとか、オーナー・入居者の満足度向上につなげているかについて掘り下げていきたい」と、セッションの目的を示しました。
また、登壇者の3名は、いずれもIT・エンジニア出身ではなく、営業や事業開発のキャリアを持つという共通点がありました。

―帝国不動産 AIX推進室 田村有慶
ビズリーチなどでの営業経験を経て2022年に入社。医療テックベンチャーでは単年3,000万円規模の事業を13億円にスケールさせた経験を持つ。現在はDX・AI活用を推進しています。
―ユーミークラス スマートテクノロジー推進室 菊地美穂さん
不動産・営業未経験から入社し、1年半前に同推進室を発足。社内外でAI勉強会を延べ300名に実施しています。
―日本エイジェント 常務取締役 樋口孝幸さん
管理戸数約1万8,000戸を抱える日本エイジェントで、10年以上前から先進的な取り組みを進めてきた実践者です。
基幹システムとAIを一体化する――帝国不動産の「ACAT(エーキャット)」という仕組み

――まず帝国不動産さんの全体像から教えてください。どんな設計思想でAI活用を進めているのでしょうか。
田村有慶(帝国不動産):弊社は土地仕入れから建築施工、賃貸管理まで1社通貫でやっています。ただ、組織が分断されていたために、入居者・オーナー・物件のデータがそれぞれバラバラに管理されていて、シームレスなコミュニケーションができないというのが長年の課題でした。
そこで、2023年に基幹システムを内製化し、全データを同じデータベースに統合しました。
そのタイミングで2025年にAIX推進室を立ち上げ、「ACAT」というAIプラットフォームを構築したんです。
――ACATというのは、具体的にどんなものですか?
田村有慶(帝国不動産):大きく3つあります。1つ目がClaude・ChatGPT・GeminiなどをAPI連携した汎用AI。2つ目が、プロンプトを書かなくても使える「定型業務自動化AI」です。たとえば音声データや動画を入れると自動で議事録が作成されたり、メール文面の誤字脱字を判定して修正してくれたりします。
3つ目が、ACATの本質と言える独自AIです。RAG※という技術を使って社内マニュアルやナレッジを学習させ、それを元に回答を生成する仕組みになっています。社内のコミュニケーションツール、いわばTeamsやSlackのようなチャット上でAIが使えるようにしているのがポイントで、社員がわざわざ別のツールを開く必要がないようにしています。
※RAG(Retrieval-Augmented Generation):AIが外部の資料やデータベースを検索し、その情報を参照しながら回答を生成する仕組み。
――他にはどんな業務に活用されていますか?
田村有慶(帝国不動産):建築請負業の営業が各自治体の条例を毎回調査していたのですが、実績のある自治体の条例をすべて学習させることで、それをACATで確認できるようにしています。
また、入居者・オーナーの過去のクレーム対応事例もナレッジとして学習させていて、「あのクレーム、どう対応したっけ」を検索できるようにしています。
さらに人事規定や労務情報も学習させていて、「来月第1子が誕生する予定ですが、会社から支給されるお祝い金の種類は?」という質問にも答えられます。
こうした積み重ねを足し合わせると、年間で数万時間の削減効果、財務効果では何億円という試算になっています。
「新卒が開発した」から火がついた――ユーミーClassの段階的なAI浸透戦略

――ユーミーClassさんは、1年半でAI活用をどのように広げてきたんですか?
菊池美穂(ユーミーClass):グループ内のスタートアップコンテストにAI活用を応募したことがきっかけで、スマートテクノロジー推進室が立ち上がりました。最初のフェーズは「個の能力アップ」です。全社員向けにAIリテラシーの勉強会を開催して、何のツールを使うかを学んでもらいました。
ただ、積極的に取り組む人とそうでない人の差が出てしまい、業務効率化を追っているだけでは経営インパクトが出にくいと感じました。そこで次のステップとして、部署ごとの勉強会に切り替えました。その部署で実際に使えるAIツールを選んで、生産性向上にフォーカスしました。
そして第3フェーズが、営業への特化です。経営層から「営業スタッフの提案力・受注率を上げることにAIを使ってほしい」という方針があったので、バックヤードよりも営業に結果が出るAI活用に今は注力しています。
――その流れの中で、特に印象的な取り組みはありますか?
菊池美穂(ユーミーClass):25年卒の新卒メンバー10名向けに、ノートブックLMを使った賃貸管理ナレッジのチャットボットを作ったことです。名前は「淳之助(じゅんのすけ)」。10名の助っ人AIということで、本人たちが命名してくれました。
物件巡回中にタイル剥落を見つけたときの対処手順を聞いたり、先輩が忙しくて聞けないときでも業務が止まらないようにするためのツールです。グループ内の業務効率アワードに出したら、なんと優勝してしまいました。各グループ会社から「淳之助を使いたい」というオファーが来るほど広まっています。
――ベテランの社員さんへの刺激にもなりましたか?
菊池美穂(ユーミーClass):表立っては言っていないんですが……こちらの意図としては、焦っているだろうなと思って見ています(笑)。
若い子たちがただのAIツールの勉強会を受けるより、自分たちで名前を付けて、かわいらしく見せる。そういう「見せ方」がすごく上手で、私もありがたいサポートをしてもらった感じですね。
AIロープレで「怒っているお客様」の対応を鍛える――日本エイジェントの現場実装

――日本エイジェントさんは、どんなAI活用を進めているんですか?
樋口孝幸(日本エイジェント):いろいろ試しています。賃貸仲介のAIエージェントによるチャットボット対応、内見写真を活用したホームステージング、LINEのAI自動返信、売買のロープレや収益物件購入時の採点ツールなど幅広く取り組んでいます。
その中でも特に現場に乗せて運用しているのが「入居者対応レスキュー」です。
――入居者対応ロープレというのは、どんな仕組みですか?
樋口孝幸(日本エイジェント):ChatGPTのGPTsを使って、入居者からのクレーム対応をロープレできるシステムです。男性か女性かを選んで、不具合の内容や感情──「冷静」「怒っている」「急いでいる」──を設定してロープレを開始します。エアコンが壊れた、蛇口から水が漏れているといった不具合や、共用部にカメムシが大量発生しているといったケースで対応の練習ができます。
――やってみて、どんなことを感じましたか?
樋口孝幸(日本エイジェント):裏話なんですが、私は開発中ずっと「犬のふんが共用部に落ちている」というシナリオで試していたので、今や私は犬のふんで怒っているお客さんへの対応が得意になってしまいました(笑)。
ロープレをやって分かったことがあって、怒っているお客さんへの対応を見ていると、みんな早く終わらせようとするんですよ。早く切りたい、という心理が見えてくる。でも、管理会社として大切なのはしっかりお客様に寄り添って問題解決しようとすることですよね。ロープレの採点基準に「共感できているか」「ステップを押さえているか」を入れることで、満足度向上につながると想定しています。
――もう一つ、オーナー向けの報告書作成にもAIを活用していると伺いました。
樋口孝幸(日本エイジェント):そうです。現場スタッフが時系列で入力したデータ──「連絡しました、電話つながらない。連絡しました、電話つながりました」という記録──をGPTが自動でリライトして、オーナーへの報告書として整えてくれます。
以前は誤字脱字があって部署長がチェックしなければならない手間がかかっていましたが、工数を半分ほど削減できました。次のステップとしては、マンスリー報告からウィークリー、タイムリーな報告へと切り替えて、オーナー満足度をさらに上げていきたいと思っています。
「外部ベンダーの知識を自分たちが上回る」時代のAI開発

――AIロープレは自社で開発したのですか?外部サービスを使っているのですか?
樋口孝幸(日本エイジェント):ほぼ自分で作っています。お酒を飲みながら(笑)。正直に言うと、外部のベンダーさんに話したときに、自分たちの知識のほうが上回っていると感じることが出てきて、頼む必要を感じなくなってきました。ある程度まで自分たちで作って、テスト運用が終わったらリリースできる。今まで200〜300万円かかっていたものが、5〜6万円でできてしまう世界だと思います。
菊池美穂(ユーミーClass):私も最初はSUUMOさんのサポートを借りて作り方を学びましたが、今は内製化しています。コードも書けませんし、ITに詳しいわけでもないのですが、それでもできています。AIを使えば、コードが書けなくても作れるんです。
従業員をどう巻き込むか――「ファンを作る」地道な営業

――AI活用を全社に広げていくうえで、従業員の巻き込みが難しいと思います。どのようにアプローチしていますか?
菊池美穂(ユーミークラス):最初はオンラインで勉強会をしたんですが、みんなの理解度や温度感が見えなくて。その後、各営業所に実際に足を運んで、スタッフと顔を合わせたときに初めてほんとうの理解度が分かるんですよね。その人に分かる言葉でレクチャーするという、すごくアナログで地道な動きをしたことで、スタッフのITリテラシーも把握できるようになりました。それからは、勉強会で難しい言葉を使うのをやめて、実際の現場での使い方を噛み砕いて伝えるようにしています
田村有慶(帝国不動産):経営層のバックアップは絶対に必要です。ただ、DXやAIXの推進は、トップダウンだけでは現場に浸透しません。だからこそ、現場に寄り添ったボトムアップのアプローチを重視しています。各部門にヒアリングしてユースケースを整理し、AIX推進室が主導でマニュアルを作る。それを現場のリーダーから発信してもらうことで、少しずつ現場に『ファン』を作っていくことを意識しています
樋口孝幸(日本エイジェント):試験的に社内で生成AI講座を開催したとき、初回テーマが「GASを使ってGoogleフォームを5秒で作ろう」というものでした。ところが、Googleフォームを作ったことがない人もいて、業務や担当領域によってITツールへの理解度や利用経験がかなり違うことを実感しました。全社員が同じように活用できる環境を整えることは理想ですが、一方で、自分で有料版GPTに課金したり、勉強会に自ら参加するなど主体的に学んでいる人は、与えられて使う人とは必ず差が生じていると感じています。そうした違いも前提にしながら進めていく必要があると思っています」
「思想をAIに組み込む」ことが競争力になる

――AI活用によって管理会社としての競争力を高めることはできるのでしょうか?
樋口孝幸(日本エイジェント):思いっきり可能だと思っています。ある経営学者が「AIの本質はEQ力を上げることだ」とおっしゃっていて、すごく腑に落ちたんです。入居者対応はストレスが溜まりやすい業務ですよね。返信の遅延もセンシティブな問題になる。そういった業務をAIで巻き取っていくと、スタッフに心の余裕が生まれます。その余裕が、入居者・オーナーへの向き合い方の質を上げ、長期的に企業価値やブランディングの向上につながっていく。これがAIの本質なのかなと最近感じています。
入居者対応レスキューを作っていて一番楽しかったのが、そこに「クレームとは呼ばず、お困りごとと呼ぶ」「お客様になんとかして差し上げようという気持ちで向き合う」という思想を組み込めたことです。企業文化や企業理念をAIに学習させて拡張させることができる。自社オリジナルの思想が入ったとき、思いっきり競争力がついてくると思っています。
菊池美穂(ユーミークラス):弊社は湘南エリアに特化しています。これからAIがもっと浸透して、営業電話もエージェントがかけてくるような時代になっても、弊社が大事にしているのは「対面でオーナー様・入居者様に向き合う」人の力です。差別化はそこにあると思っています。AIロープレで提案力を高め、空いた時間で先輩が後輩育成に向き合う。そういう好循環が生まれれば、最強の営業人材が育ちますよね。
AI活用を進める中で取ったアンケートで、「空いた時間に何をしたいか」という問いに「後輩の育成に注力したい」という回答が多くありました。それがすごくうれしかったです。
田村有慶(帝国不動産):「人を減らす」ことは簡単なんですが、それは本質じゃないと思っています。今の人数で売上を2倍・3倍にしていく──少数精鋭で最大化していくことが、帝国不動産のAIX推進の大きな目的です。
今回のセッションでは、AIそのものよりも「どう現場で使うか」「どう社員に浸透させるか」という話題が多く語られました。
帝国不動産のACATをはじめ、各社それぞれ異なるアプローチでAI活用を進めていますが、その根底にあったのは「誰のために、何のために使うのか」という視点でした。
AIX推進室は今後も社内外で知見の発信を続けていきます。